BPR×DXを推進
DX事業者の営業支援

Q事業内容と事業の強みを教えてください。
事業内容は、中堅・中小企業に対する「DX推進を基軸としたBPR(Business Process Re-engineering:業務プロセス改革)コンサルティング」です。
昨今、世の中では「DX(Digital Transformation)」という言葉が飛び交っていますが、多くの現場ではDXツールの導入そのものが目的化してしまい、効果が出ずに立ち往生しています。私は、業務プロセス、人・組織、制度・システムを一気通貫で見直す「BPR」とセットで検討しなければ、DXは真の効果を発揮できないと考えています。
一方、スマホの普及、AIの進展等に伴い、DXツールのレバレッジを効かせたBPRが進めやすくなり、BPRが再び注目されています。
また、BPRコンサルティングに留まらず、キラリと光るDXツールを提供するDX事業者の営業支援も行っています。
非対面チャネルにAIで革命を ~コールセンターのデジタル化と将来のコンタクトセンター構想~
デジタルとリアルを融合させたコンタクトセンター改革!
投資信託コールセンターのDX推進に、AI搭載型の音声解析クラウドIP電話サービスが大きく貢献
~架電の応対品質向上支援と有事の際の分散受電体制を実現~
強みは大きく3点あります。
● 三菱総合研究所(MRI)での16年間におよぶコンサル実績
自動車、精密機器、電力、ガス、日本郵政グループなど、日本を代表する大企業へのコンサルティングを通じて培った「思考力(論理力、創造力・想像力)」と「対人力(見る聞くのインプット力、書く話すのアウトプット力)」です。
● ゆうちょ銀行での18年間におよぶ多様な事業経験
事務部門、システム部門、営業部門、経営企画部門の業務を経験し、最後の3年間は地域リレーション部門で投資業務(銀行の100%投資子会社の新設や単独GPファンド立ち上げ)に携わりました。事業の最前線からシステムの裏側、さらには投資検討まで手掛けた経験は唯一無二だと自負しています。
● これらを通じて得られた強固な人的ネットワーク
これが現在の私の活動の大きな財産となっています。
Q起業までの経緯を教えてください。
実は大学卒業の頃から、いずれは起業したいという志を持っていました。社会全体・大企業の経営全般を俯瞰する力を養うためにまずはMRIに入社したのですが、コンサルタントを続けるうちに「どれだけ良い提案をしても、それを採択するかどうかはクライアント企業であり、自分は第三者に過ぎない」という立場にフラストレーションを感じるようになったのです。
自ら当事者として最前線で事業を推進したい。その想いから、クライアントでもあった日本郵政グループ(ゆうちょ銀行)に転籍しました。
事業会社での経験は非常に充実していましたが、部長職ともなると組織の長として管理業務が増え、現場や顧客の最前面から遠ざかってしまいます。60歳の役職定年まであと2年というタイミングでしたが、自分が携わった投資子会社での単独GPファンド立ち上げが2026年3月で一区切りついたこともあり、早期退職を決意しました。
現在59歳ですが、少なくとも70歳までは自分のペースで、本当に好きな仕事を行い、現役として走り続けたい。それが起業の大きな原動力です。
Q企業理念の決め手を教えてください。
根底にあるのは、母校の恩師である早稲田大学・池澤辰夫先生から徹底的に叩き込まれた「三現主義(現場で、現物を、現実的に観る)」です。
経営の俯瞰的な視点を持ちながらも、必ず現場に足を運んで生の声を聞き、ヒト・モノ・カネ・情報という「現物」を自分の目で見る。現場の生々しい「現実」を捉えて初めて、正しい経営判断ができると考えています。
もう一つは、1993年にマイケル・ハマーらの『リエンジニアリング革命』を読んで衝撃を受けた「BPR(業務プロセス改革)」と、ロバート・カプランらの「BSC(バランスト・スコアカード)」の思想です。
BPRは、私が学生時代に学んだ品質管理(Quality Control)やトヨタのカンバン方式(必要なものを、必要な時に、必要なだけ作る手法)といった現場の方法論を、会社全体、さらにはお客さまを含むサービスプロセス全体に応用したものです。会社として、アウトプット(お客様の求める価値)を出すために、DXツール等のインプットをレバレッジとし、プロセスを根本的・抜本的に見直して全体最適を図るアプローチです。
BSCはBPRのアウトプットとプロセスを、「財務」「顧客」「業務プロセス」「学習と成長」の4つの視点(KPI)から評価・管理し、会社の持続的競争優位を確立する手法です。財務の視点だけでなく、お客さま満足度、社員満足度や人財育成といったヒューマンファクター(人的要素)の視点が組み込まれている点が特徴的です。
BPRとBSCは一筆書きの世界観で、私の仕事に対する考え方の基盤となっています。
Q今までで一番辛かったことを教えてください。
ゆうちょ銀行の札幌コールセンター長、そして本社のコールセンター部長を務めた計6年間で、まさに「鉄火場」を3度経験しました。
■ 第1の鉄火場:北海道胆振東部地震(2018年)
未曾有の大停電(ブラックアウト)の中、信号が消えた街を自転車でセンターへ駆けつけました。システムが完全停止する中、まずは全スタッフの安否確認を徹底。ビルの非常用発電を使ったセンターシステムの再稼働の交渉に奔走し、交通麻痺でオペレーターが出社できない状況では、社員も総出で受電対応にあたり、泥臭くセンターを復旧させました。
■ 第2の鉄火場:新システム立ち上げ時の大パンク(2019年)
法人向けインターネットバンキングのデスク立ち上げ初日、想定を遥かに超える入電で応答率が「5%」にまで低下しました。100回かけて5回しか繋がらないという地獄絵図の中、派遣会社とも連携して別の臨時コールセンターを急ピッチで「垂直立ち上げ」し、2拠点体制で最終的に応答率95%までリカバリーしました。
■ 第3の鉄火場:コロナ禍でのクラスター発生(2021年)
「お客さま対応のインフラである銀行の電話を止めてはならない」という強い使命感から営業継続を強行した結果、センター内でクラスターを発生させてしまい、全面停止に追い込まれました。私の明確なミスジャッジだったと痛感し、即座に再発防止策としてクラウドIP電話を活用した「分散受電システム」を構築。どのフロアや拠点にいてもインターネット環境さえあれば受電対応ができる強固なBCP体制へ変革しました。
この3つの鉄火場で危機対応能力とストレス耐性(サンドバック気質)がかなり鍛えられました。転んだらタダで起きるなの如く、悪玉ストレス(Distress)を善玉ストレス(Eustress)に変換するストレス管理はコンサルティングを行う上で極めて重要となります。
Q仕事を行う上で大切にしている事を教えてください。
トラブルや変革の最中にあっても、判断のブレをなくすために「何のためにこの改革を行うのか」「お客さまにとって何の意味(価値)があるのか」という目的意識を常に現場と共有することです。
コールセンターの大パンク時やコロナ禍のシステム再構築時もそうでしたが、上層部だけが数字や効率を追っていても現場はついてきません。危機の時こそ「三現主義」に立ち返り、オペレーターの表情を見つめ、現場のリアルな声に耳を傾ける。現場に過度な負担を強いる局所最適を排除し、働く人とプロセスの双方が救われる「全体最適」の視点を持つことが、結果として最も確実で迅速な課題解決に繋がると確信しています。
Q企業としての最終的な目標を教えてください。
当面の目標は、コンサルティング事業(=BPR×DX推進)を通じて日本中の中堅・中小企業の生産性を底上げし、元気にすることです。
しかし、最終ゴールはそれだけに留まりません。コンサルタントという「第三者」の枠を完全に超え、自らが主体となる「新たな事業会社の起業」にもう一度チャレンジしたいと考えています。「地方にお金を還流させ、地域社会の持続的発展に貢献する」という根底にある想いを、生涯現役の当事者として持続的なビジネスモデルの形で実現することが、会社としての最終目標です。
Q今後個人としてチャレンジしたい事を教えてください。
現在59歳ですが、少なくとも70歳までは自分のペースで、本当に好きな仕事を行い、現役として走り続けたいと思っています。
具体的には、これまでのMRI時代の大企業向けコンサルティングで培った「思考力と対人力」、そしてゆうちょ銀行時代に手がけた投資子会社設立やファンド立ち上げの経験を結集させ、地方創生に直結するような新たな仕組みづくりに個人としても深くコミットしていきたいです。コンサルタントの域に安住せず、常に一人の起業家として新しいリスクを取り、挑戦し続ける生き方を全うしたいですね。

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